この度Indiegogoで自らデザインした腕時計のクラウドファンディングキャンペーンを始めました。今回はそのことについて書かせて戴きます。
これまで様々な日本のウェブメディアで十数年ウェブライターとして働いてきましたが、プロとして執筆する以前に始めたこのブログは、元々自分の趣味のガジェットなどをレビューしたりする場所として始まったものです。最近では腕時計のレビューが多くなり、「腕時計レビューブログ」みたいになってきた感があります。
実は筆者は子供の時分から絵を描いたりモノを造ったりするのが好きで、小さい頃から創作をして生活することが夢でした。結局大学ではデザインを学び、時折アーティストとしても活動を続けてきているものの、卒業後すぐに今は無きKotaku Japanでお仕事を戴くことができ、それ以来執筆を生業としてきました。
もちろん執筆も創作の一種ではありますが、既存のメディアのための執筆となると個人の持つクリエイティビティが制限されることに不満もありました。その不満を満たすため、というわけではありませんが、自らのブログで色々執筆したり、スティッカーを作ってみたり、時折個展やグループ展を開いてみたり、などしていたのです。
しかしこの創作への意欲は生活費を稼ぐための執筆の傍らも消えること無く常に存在し、徐々に大きくなっていきました。もう30も半ばのいい歳になりましたが、やはり創作を生業にしたい、という気持ちは止まりませんでした。
周囲からは(既にある程度の評価がある)アートの道に進まないことを疑問に思う声もありましたが、現在の私の情熱は「ものづくり」にありました。
これは一つには製品レビューの記事を多く執筆することから、多くの現存の製品デザインの在り方に疑問を抱いたということもあるでしょう。そしてもう一つには、2012年に行われたワールドデザインキャピタル ヘルシンキでの鳥取のこれまでとこれからの民芸を世界に紹介するイベントに関わらせて戴いたこと、そしてそれに続く鳥取フィンランドプロジェクトに携わらせて戴いたことも大きいです。
「デザイン」に関しては特にこのブログの腕時計をはじめとする製品レビューで様々な指摘をしてきました。その批評者の経験(そして大学でのデザイン教育のおぼろげな知識)から、視点から今度は自分で様々にモノをデザインしていく。つまり批評される側に回る – これには実際には大きな恐怖も感じており、卒業後デザインの道を歩む事をためらった理由でもありました。
「人が使うものをデザインする責任の重さ」、その重圧を克服するに至ったのは、レビューアーとしての視点でした。「人が使うもの」である前に、自らのレビューアーとしての批評的な視点からも十分に堪えうるものであれば、「自分が使って満足」できるものであれば、それは十分良いデザインであると考えたのです。
言い方を変えれば、一人の人間を満足させることができたのであれば、きっと他にも満足する人はいるだろう。ということかもしれません。当然ながら全ての人を満足させることはどのような優れたデザインにも不可能です。(なぜなら私が当ブログで時折書いているように、デザインには、どの要素、どの機能、どのようなコンセプト、どのような使用状況を他より優先するか、と言った「デザインの取捨選択」が欠かせない要素だからです。考え得る限りの要素、機能、コンセプト、使用状況を全て網羅してしまえば必ず誰からしても満足できないものになることでしょう。)
なので、少なくとも「私」が満足すれば、もしかしたら世の大多数には批判されるかもしれないが、私に似た使い方や価値観を持った人はきっと満足してくれるはず。だから恐れること無くそれを世に送り出すべきだと考えることができたのです。
こうしてまずデザインしたのが自動巻き腕時計「A-1 Automatic」です。
この腕時計をデザインし始めたのは3年前。当時インスタグラムにプロトタイプの写真を掲載したのをご覧になられた方もおられるかもしれません。
この腕時計で目指したものはこのような点です:
・実用性とシンプルな美しさ
・付け心地の良さ、特に手の甲に時計が刺さらないこと
・比較的小さな手首の人に付けやすい時計
特徴:
- オリジナル: ムーブメント、日付曜日ディスク、風防以外は全て自らデザインしたものです。
- シンプル: 不要な装飾はできるだけ配しました。
- 小さい: 37 mm x 42 mm x 11 mm. 手首径が15cmから18.5cmほどの人に適しています。時計部の重さは59.6 g、ストラップは8.8 gです。*製品版では多少重さが変動する可能性があります。
- エルゴノミックデザイン: 竜頭が手の甲に当たることはありません。
- ユニセックス: でも手首径の大きな人にはあまり適していないかもしれません。
- ユニークなツーピースケース: エティエンヌ・ルイ・ブーレーの建築ニュートン記念堂(1784)に部分的にインスパイアされていると言えるかもしれません。
- 時間&日付&曜日 (英・日): 必要な情報は全て手元に。時分針と各時インデックスはSuperLuminova C1蓄光となっています。*このページの写真では少し黄色がかったC3となっていますが、C1は明るい場所では白く見えます。
- Seiko Instruments (SII) NH36A: 世界で最も幅広く使用されている信頼性の高い日本の自動巻きムーブメントのひとつです。
- サファイアクリスタルトップ: 時計面の風防はスクラッチ耐性のあるサファイアクリスタルです。ケースバックはミネラルクリスタルのエキシビションバックとなっています。
- 5 BAR 防水: 日々の汗と涙には十分な防水性能。スキューバダイビングには適しません。
- リミテッドエディション: 各色100本限定で、それぞれにシリアルナンバーの刻印があります。
実用性の面では、Seiko SII NH36という時・分・秒針と日付と曜日ディスクを備えたムーブメントを採用しています。31日で終らない月には日付を変更しないといけない面倒くささはあるものの、日付、そして曜日(こちらは一度設定すれば変更しなくても良い)の両方が表示される腕時計の便利さは、セイコーSKX009でも強く感じていたところであり、このムーブメントを採用しました。
マイクロブランドの作る腕時計の多くにはNH35(曜日の無いモデル)/NH36が使用されており、安価な自動巻きムーブメントのデファクトスタンダードとなっているとも言えるでしょう。
一方で文字盤に分を示すインデックスが無いことからは、実用性を疑う方もおられることでしょう。(Seiko) TMIによれば精度はNH35/36共に一日あたり-20~+40秒。もちろん個体によってはより優れた精度であるものも存在するものの、(少なくともマイクロブランドの腕時計購入者の視点からすると)安価な自動巻きムーブメントの腕時計に精度は期待されていないとも考えました。
また、そもそも不測の自体があっても予定に間に合わないように余裕を持って行動すべきであると考えているため、時計の1,2分のずれは許容されるべきとも考え、分インデックスはつけませんでした。
ではなぜより正確なクオーツムーブメントでは無く、あえて日差の大きい自動巻きムーブメントにしたのか?これは実用性を目指したという言葉に反するのでは無いか?というのは誠にもっともな指摘です。
これは、実用面よりも心に訴えかける面から自動巻きムーブメントを選んでいるためです。
・クオーツと異なりバッテリーを交換しなくても済む
・自分の動きが時計を動かしているという感動
・スムーズな針の動き
・クオーツ時計の「カ、カ、カ、カ」とはまた違う内部の「チカチカチカチカチカチカチカチカ」という音
・エキシビションバックから見える内部構造とその動き
などなど。この感傷性を馬鹿げているとする人も当然ながらおられることでしょう。それに、自動巻きムーブメントに魅力は感じても、NH35/36という安価で汎用、精度もそこそこのムーブメントには魅力を感じないと言う方もおられるはずです。
それでも、安価なクオーツ腕時計ではなく、マイクロブランドが出している自動巻き腕時計(たとえ全て中身が同じくNH35/36ムーブメントであっても!)を購入するマイクロブランドファンを多く見て来たことからもこの感情面への訴えかけは、自分を含めた一部の愛好家には効果があるものと考えました。
もうひとつ、私がこの腕時計で目指したデザインは、北欧デザイン/スカンジナビアンデザイン、もしくはドイツ工作連盟(Deutscher Werkbund)やバウハウスにも通ずると言われることがあります。しかし同様の美しさがNH35/36にも存在するとも考えたのです。
簡単に言えばそこに共通するのは、機能や実用性、効率性から導き出されるシンプルな形状と言えるでしょう。しかし必ずしも使用者のみが最重要とされたデザインでは無く、そこには価格や製造工程も考えられている場合もありますし、特にドイツ工作連盟やバウハウスではそれらは欠かせない要素とも言えるでしょう。
世界中で活躍するNH35/36は、複雑な要素が無いため信頼性が高く、堅固、効率が良く無駄も装飾も無く、安価に製造販売可能であるデザインです。そして幅広く用いられているという事実こそが、ドイツ工作連盟やバウハウスに通じる機能美、実用美、工業製品としての優れた存在で有る証と言えます。以前の記事でも引用したドイツ工作連盟のメンバーであるノモスの言葉を借りれば、「技術により製品をより良く、製造をより効率的にする。なぜなら高品質かつ現代的なデザインで手頃な価格の製品を作り、一部ではなく多くの人に提供する」という挑戦と目標を達成した一つの頂点とも言えましょう。
エキシビションバックを採用するマイクロブランドの多くは、付加価値を付けるためにローターにロゴや装飾を施すものが多く、装飾もないのにエキシビションバックにする意味を感じないという人も少なからずいます。しかし、私はあえてムーブメントはそのままに、裏面からNH36の美しさを見せることとしました。これには2つの利点があります。
まずこのムーブメントにエキシビションバックを採用する利点として、マジックレバーの構造から伝え車の歯車が欠けやすいという問題を早期に発見できることがあります。中古のセイコー5などではよく見られますが、この部分の歯車が多く欠けると自動巻きの効率が低下してしまいます。それを外から見えるようにすることで、「歯車沢山欠けてるからそろそろNH36注文しておこう」(eBayで購入すれば4000円程度だ)、もしくは「時計屋さんと修理の見積もりをしておこう」などと言った対処が可能であるということ。
もうひとつ、ムーブメントに何も手を加えていないことで、故障時にはただ新たなNH36を入れ替えれば新品同様となると言うこともあります。ローターや他の部品に細工が施されていれば、そのムーブメントを交換する際に余分な手数が掛かり、自分で行うには時間と手間が、修理に出せば余計な費用がかかる事となりますが、手つかずのNH36なのでそのような無駄が無いのです。
小ぶりなケースサイズは、性別を問わずつられるものです。私は男性ですが、世界的な"男性向け"腕時計のサイズ傾向からすると、"女性向け"の腕時計の方がサイズ的に適していたりします(オリエント・バンビーノ36mmなどは良い例です)。
手首径が小さく、一般的な"男性向け"腕時計のサイズが合わないと考える方に選択肢を与えるものです。また、文字盤も腕時計そのものも小さすぎて時間が読み取りづらい一般的な"女性向け"腕時計よりも見やすく、なおかつキラキラしたダイヤモンドみたいな装飾や、所謂"フェミニンな色合い"などもないため、そういうのは嫌だという方にも良いかもしれません。私がもともと「男性向け」、「女性向け」というのが嫌いであることはLLARSENの女性向け腕時計のレビューなどからもおわかりかと思います。
手首径や腕時計の見た目の好みなど、十人十色なのだからわざわざ性別分けすべきではない、と言うのが私の理念です。
デザインの取捨選択という見方では、大きな手首のユーザーは捨てたと言えるかもしれませんが、大ぶりな腕時計は世にあまたあるので問題とは思いません。逆に、特に手首の小さな男性、もしくは手首が大きめな女性にとっては選択肢に困る状況であると考えており、この腕時計がそういった方の選択肢の一つになれば幸いです。
なお、これらの写真とプロダクションモデルは、蓄光部分の色、竜頭の形状、ストラップの長さなど、細かな点が変わる予定となっています。
Indiegogoキャンペーンは現在目標金額に対して17%の資金が集まっており、スーパーアーリーバードはもう数が埋まってしまったものの、限定20本のアーリーバードは記事公開時点でまだ選択可能となっています。キャンペーンはフレキシブルゴールとなっており、資金が目標金額に満たなくとも腕時計の生産と支援者への発送は行います。現在のところは発送は今年末を予定しています。(今のところJCBカードだと出資できないという報告が2件入っています)
このキャンペーンが成功すれば、将来的にはもっと様々なタイプの腕時計や、それ以外の品々をデザインして製品化しようと考えています。
このブログの読者の皆様にも気に入って戴けると嬉しく思います。今後もどうぞ宜しくお願い致します。
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