本日はまず日本では見ることのないであろう北欧のヴィンテージ腕時計をご紹介しよう。50年代中ごろから70年代初頭にかけて腕時計を作っていた「miljonär」というブランドの2本の腕時計だ。(最初の「m」は刻印では常に小文字で記してある。)
miljonär
フィンランドの腕時計サイトKellohuoltoloppela.comによると、Miljonärはスウェーデンの腕時計ブランド。フィンランドで言うところのLeijona(こちらに関しては以前当ブログで取り上げてる)のような立ち位置のブランドであり、ムーブメントもケースも外注しているとのことだ。ちなみに「miljonär」はスウェーデン語で「百万長者」の意味。
Kellohuoltoloppela.comでは、miljonärにはスイスAtlantic社の腕時計(こちらも手ごろな価格帯でムーブメントもケースも外注)と似たデザインのものが多いため、Atlantic社がより安価な腕時計ブランドとして作ったのではないかと推測している(だから成金っぽいネーミングなのかもしれない)。そして、「貧乏人のAtlantic」という立ち位置であり、またフィンランドには1958年までは輸入制限が存在したため、そして以降は腕時計に追加関税がかけられていたため、密輸腕時計として人気があったそうだ。
フリーマーケットでの出会い
さてそんなMiljonärの腕時計、西フィンランドで行われていたフリーマーケットの一つの屋台で複数本販売されていたのを見つけ、購入してみた。販売されていた腕時計の多くは動いていたように記憶している。
購入したのはこちらの二本。手巻き式なのだが、バンドのついているほうは購入時に不稼働状態かつめいっぱい巻き上げられてそれ以上巻けない状態だった。時計部だけのものは購入時にはすでに稼働していた。
時計部だけの方
こちらが最初にご紹介する時計部だけのmiljonär。ケースは表面は下方に傾斜し、中心から外側へと放射線状にヘアライン仕上げ、側部は艶出し仕上げ。
文字盤には、「miljonär」、「17 RUBIS」(17ルビー)、「INCABLOC」(インカブロック)、「SWISS」の表記。各時のアプライドインデックスは、12,3,6,9はアラビア数字、それ以外は70年代っぽい正方形のもの。正方形インデックスは、両脇のシルバー部に挟まれるようにして縦に蓄光部がある。その外周には各分刻みのプリントインデックスが、各時部分では太めになっている。
自分針はシンプルなバー状で先のほうに蓄光部。秒針は矢状で、先端は矢じり型、短い側は矢羽根状に幅広に。
一応蓄光できる。
風防はもっこり盛り上がるドーム状。
写真では判りづらいが、文字盤は中央部と外周が緩やかに凹む。以前レビューしたCalifornia Watch Co.の時計がそんな感じだった。
ストラップを取り付けるスプリングバーはちょっと謎で、中ほどがケースに触れてしまっている。もしかしたらもともとはVan BraugeのThe Gentleman's Oxfordみたいに湾曲型の別のスプリングバーが入っていたのかもしれないし、バーの両脇だけにストラップから出た脚がつくような特殊な形状のストラップだったのかもしれないし、一体性の高いメタルブレスレットのエンドリンクがついていたのかも。
手持ちの18mmの細めのスプリングバーをつけようにも、バーがケースにぶつかってしまい、ストラップの挟まる余裕がなくなってしまう。そのため、ラグ間の距離は18mm程度だが、19mmのスプリングバーをペンチで曲げてカーブさせて(カーブの分2点間の線距離が長くなるので長めのバーを使用)取り付けた。
友達がPebble Time用に作ってくれたレザーNATOストラップを無理矢理入れて見た。カーブしたスプリングバーも販売はされているし、WatchuseekフォーラムのPallet Spoon氏のコメントでは、ebayで10ドルくらいで購入できるスプリングバー専用のカーブさせるためのプライヤーが勧められている。
ねじ込み式のケース裏には「Waterproof」(防水)、「INCABLOC」、「Stainless Steel Back」(ステンレススチール製裏蓋)、「SWISS MADE」の表記。
ムーブメントには17石、「SWISS」の表記。竜頭を回せば動く。
miljonär Scandinavic
こちらは購入時には動いておらず。屋台のおじさんは「裏の謎のミリタリーな刻印が珍しいだろ~」と言っていた。
風防は先ほどの物とは異なり、緩やかなカーブを描くドーム状。ケースは艶出し仕上げ。インデックスは先の時計よりも長めの長方形サンドイッチ状。
時分針はペンシル型で、分針の先は風防に合わせて傾斜がつけてある。秒針は6時位置にスモールセコンドとして存在する。
竜頭は元々これがついていたのか怪しくなるような感じ。一応細かな刻みがあるが、金属板を丸め込んだ仕舞いの部分のようにも見えるし、頭頂部はなんだか叩かれたような仕上がりだ。超絶回しにくいし、ケースと色も違うし。後述のKalevankelloで販売されている物とも全然違うし。
文字盤には12時方向に「miljonär」、「SCANDINAVIC」。
そして6時側に「17 RUBIS」、「INCABLOC」、「T SWISS MADE T」の表記。
この「T」に関して調べたところ、Fondation de la Haute Horlogerie(FHH、高級時計財団)のページに記述があった。それによると、「T SWISS MADE T」は、227 MBq (7.5 mCi)以下の放射をするトリチウムが含まれているという意味だそう。トリチウム/三重水素は、所謂「蓄光」と異なり何もしなくても光る放射性物質で、自発光塗料としてルミノバ蓄光以前にはよく使用されていた。特に人体に影響のあるほどの力も無く、なおかつ使用量も微量だとのことで、今でもBall Watchなど一部の会社が使っている。更に半減期は僅かに12.32年なのでこの時計の物はもう光っていない。
ストラップはメタルでバンド状。
ストラップのスプリングバーに巻きつけてある部分には、一方に「Edelstahl」(ドイツ語で「ステンレス鋼」の意味)。
もう一方に「MADE IN FINLAND」と記してある。
ストラップは表面に装飾が施してある。
裏面には「ResofiX(ifoseR)」(カッコ内は上下反転)。
ムーブメントには「UT」という表記が見られる。調べたところ、mcbroom.bizのこちらのページにムーブメントなどに見られるロゴマーク一覧が掲載されているのが見つかった。どうやらUnitasのロゴのよう。Unitasは1898年創業のムーブメントマニュファクチャーであり、Watch-wikiによると現在はSwatchグループのETA部門に編入されているようだ。ムーブメントには他に17石、「SWISS」表記も。17jewels.infoによればどうやらこれはUnitas 6325というムーブメントの17石版(通常版?は21石のようだが、17石版も存在し、17石版には耐衝撃用のインカブロックもついている)で、60年代のムーブメントながらも振動数は現代的な2万1600振動/hかつ、ニッケルバランスの形状も現代的とのこと。
売りの裏面刻印は謎の戦車とロケット。一応シリアルナンバーのような「11300」という番号も記してある。何かの記念モデルなのか、どうなのかは謎。一応Kalevankelloで文字盤のみが異なるMiljonär Scandinavicが115ユーロで販売されており、そちらの裏にも同様の戦車とロケットが刻印されている。そちらは「1130」と刻印されている。また、Chrono24では、文字盤と針が異なるバージョンが300ドルで販売されている。これの裏蓋にもやはり戦車とロケットがあるが、番号は私が手に入れた物と同様に「11300」となっているので、もしかしたらこれはシリアルナンバーではない何か別の意味を持った数字なのかもしれない。
もう少し調べてみたところ、Ranfft Watchesのページで、「AS 1130」という「Wehrmachtswerk」(アーミー・ムーブメント)などと呼ばれるムーブメントがあると記されていた。Ranfft Watchesのページの写真からすると、Unitas 6325とされるムーブメントとほぼ同一の形状をしている。
あとは他の文字よりも大きく「WATERPROOF」とあり、その他「Antimagnetic」(耐磁)、「Incabloc」、「Stainless Steel Back」、「SWISS MADE」、そして「Unbreakable Mainspring」(アンブレイカブル主ゼンマイ)とのこと。この壊れない主ゼンマイというのは昔の腕時計で売りにされている物をたまにみるが、WatchuseekフォーラムのJimH氏の投稿によれば、ブルースチール製の主ゼンマイが一般的だった時代に、それよりも壊れにくく当時真新しかった白色合金(white aloy)をはじめとする新素材を用いた主ゼンマイであるということのようだ。
先に記したようにこちらは目一杯巻き上げられた状態で、なおかつ動かなかった。この写真を撮ったのが7月で、今10月。この3ヶ月の間にこの写真を撮ったときに何をどうしたのかをすっかり忘れてしまったが、とにかく角穴車と丸穴車を取り外してから付け直したようだ。特に洗浄や注油などはしていない。
何はともあれ一応稼働するようになった。
まとめ
なかなか探しても情報が無かったりして結局どういうブランドでどういう腕時計なのかはよくわからずじまいな感じはあるが、とりあえずどちらも動く。
完全に巻き上げて22時間ほど経った状態では、時計部だけの方が1分遅れ、miljonär Scandinavicの方は1分進み(スマホ時計比)。以前試したときにはどちらかが15分遅れていたような気がするが。
コンディションが良いとは言えないものの(KalevankelloやChrono24で販売されている価格では売れないだろう)、どちらも動くには動くし、なかなか面白い買い物だった。
Source: Kellohuoltoloppela.com, Watchuseek, Fondation de la Haute Horlogerie, mcbroom.biz, Watch-wiki, 17jewels.info, Kalevankello, Chrono24, Watchuseek
(abcxyz)
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