デザイナー時計で一時代を築いたIKEPODがついに復活、今年9月にクラウドファンド予定…新デザインはAP Royal Oak Offshoreのあの人


90年代を飾ったデザイナーウォッチ、IKEPODが復活を遂げようとしている。9月18日、中央ヨーロッパ夏時間16時(日本時間同日23時)よりクラウドファンディングキャンペーンを開始する新生IKEPODを、その歴史や旧IKEPOD創設者によるプロジェクトなども交えながらご紹介しよう。

旧IKEPOD


みなさんはIKEPODという時計ブランドをご存じだろうか。これは1994年にスイスのビジネスマンOliver Ikeと、オーストラリアのデザイナーのMarc Newsonにより設立された時計ブランド。独特のデザインにC.O.S.C.によりクロノメーター認定を受けた精度の高い機械式ムーブメントを(多くの)コレクションに採用し、価格は数十万から数百万円ほどというラグジュアリー腕時計ブランドであった。

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Image credit: misterenthusiast via Instagram

(旧IKEPODのHemipode)

なかでも有名なコレクションは「Hemipode」(「ミフウズラ」の意)という名前のついたものだろう。これは大きな卵のような独特の形状に加え、当時はまだ30mm台の小柄な時計が流行っていた中で44mmの大柄なサイズも目を惹くものであった。また、時計のケーシングは大柄ではあるがエルゴノミクスにも注意を払った、独特ながらも機能的なIKEPODの時計の数々をデザインしたMarc Newsonは、IKEPODの外でも数々の名デザインを生み出したことでも知られており、「Lockheed Lounge」などが代表作。このほかにもフィンランドのIittala社にグラスをデザインしたりもしているし、グッドデザイン賞を受賞しているauの携帯「Talby」や味の素のボトルをデザインしたこともある著名デザイナーだ。なおMarc NewsonはJaeger-LeCoultreのAtmos 566もデザインしている他、IKEPODを離れた後にはAppleでApple Watchの制作にも携わっており、IKEPODの当時画期的だったラバーストラップのデザインとApple Watchのスポーツバンドとの共通性も指摘されている。

しかしその後IKEPODは悪戦苦闘、2006年倒産し一旦その幕を閉じたものの、2008年にリローンチ。時計業界が不況に悩む中ラグジュアリー時計ブランドとして再度活躍するものの、2012年にはMarc Newsonが去り、またしてもその幕を閉じることとなる。しかしIKEPODブランドは2017年より時計を愛する人々により取得され、今年クラウドファンディングで復活を遂げようとしているのだ。

新生IKEPOD



(CHRONOPOD)

新生IKEPODが放つのは5針+カレンダー窓のクロノグラフ「CHRONOPOD」コレクションと、シンプルな2針の「DUOPOD」コレクションだ。どちらもIKEPODらしい丸みを帯びた姿となっており、ダイアルには楕円形のIKEPODのロゴが、そしてクラウンにはおなじみのミフウズラのロゴが記されている(この時計デザインとロゴはどれもIKEPODが特許、商標を持っているものだ)。

クロノグラフのCHRONOPODは44mmで日本製のクオーツムーブメント、Miyota JS 25を採用。44mmは今でも大きく感じるが、ケースのベルト取り付け部である「ラグ」がケースから伸びる形状ではなく、ケースと一体化されていることもあり、「44mmでも41mm」のようなつけ心地だとのこと。


(DUOPOD)

2針のシンプルさが美しいDUOPODは僅かに小ぶりな42mmで、こちらは「39mm」のようなつけ心地だそう。

どちらもダイアルには同心円状のヘアライン仕上げがされたものの他に、旧IKEPODの「Horizon」コレクションを彷彿とさせるような水玉模様が見られるものもあり、旧IKEPODの作品にもオマージュを忘れていない。その一方で、ケースの大まかな形こそ旧IKEPODを踏襲しているものの、アレンジが加わっており、例えば文字盤外周のケース部分には旧IKEPODのHemipode、Megapode、Horizonでは円状の切れ目(のようなもの)が見受けられるが、新生IKEPODではケース表面は一体的に作られているようでそのような線は見られない。また、ダイアルデザインは共通性は見られるもののより立体感を重視した全く別ものと言うこともできる。

この新生IKEPODのデザイナーはEmmanuel Gueit。そう、1993年のAudemars Piguet Royal Oak Offshoreをデザインした人物だ。なおGueitによるRoyal Oak Offshoreもデザインのベースとなったのは1972年のAP Royal Oakであり、72年のRoyal Oakが39mmのケースサイズであったのが、GueitのデザインしたRoyal Oak Offshoreでは42mmと巨大化したことが話題となった。しかし巨大となったケースでも彼のデザインしたRoyal Oak Offshoreは大きな成功を収めた。この点は、大きなケースサイズで成功した旧IKEPODの成功とも被さって見える。


(建築家ル・コルビュジエの書籍と共に写るCHRONOPOD)

なお新生IKEPODはデザインのインスピレーション元として、60年代の名デザインの名を多く挙げている。例えばフィンランドの建築家Matti Suuronenによる「UFOっぽい家」こと「Futuro」や、色と形のインスピレーションとしては、イタリアの自動車メーカー、イソによる1966年の「Iso Grifo」。そしてポーランド生まれのデザイナーMaurice Calkaによる1969年のブーメラン状のデスク「Boomerang desk」、ベトナムのデザイナーで工学者のQuasar Khanh 1968年の空気注入で膨らませる家具「Aerospace」が挙げられている。IKEPODの歴史を引き継ぎながらも、ある意味では元のIKEPODからそのデザインのソースを抽出していると言えるかもしれない。

なお発表されたコレクションはどちらもクオーツムーブメントではあるものの、旧IKEPODもクオーツムーブメントを採用したリバーシブル仕様の「Solaris」というものもあったことを忘れてはならない(この四角いケースにメッシュベルトはApple Watchを連想させなくもない。なおこの名称はアンドレイ・タルコフスキーの映画『惑星ソラリス』からとられている。これはスタニスワフ・レムの小説『ソラリスの陽のもとに』を原作とし、後にスティーブン・ソダーバーグにより再度映画化されたことでも知られる)。Gressiveによるとこれは当時70万円~であったが、だからといって新生IKEPODを高嶺の花と考えるのは気が早い。


(写真にCHRONOPODと共に写るのは世界幻想文学大賞、ケン・グリムウッドによる小説『リプレイ』。40代の時に死んだ男が気がつけばそれまでの記憶を保ったまま18歳の自分に戻っており、人生を生き直す…という内容のこのSF小説のストーリーは、新生IKEPODと重なる、と共同所有者であるChristian-Louis Col氏は私に語ってくれた。)

価格について新生IKEPODは、「デザインを手頃な価格に」という目標を掲げており、スイス品質を保ったまま、製造は香港で行い価格を抑える。価格ではなくデザインとスタイルに重きを置くとし、CHRONOPODは725ドル、DUOPODは590ドルとされる。

インスタグラム投稿のコメントからは、新生IKEPODのバンドは旧IKEPODのHemipode、Megapode、Horizon、Isopodeにもつけることができるとしており、価格も旧バンドが250ユーロであったのに対し新たなものは80ユーロ以下になるという記述も見られる。


(写真は建築家ロベール・マレ=ステヴァンスによるパリ、マレ=ステヴァンス通りの集合住宅で撮影されたDUOPOD。)

IKEPODのインスタグラム投稿によればデザイナーのGueitは2017年の時点ではすでに新生IKEPODにデザインを開始しているが、実際のプロトタイプの完成は今年2月となっている。クラウドファンディングキャンペーンは9月に行われる予定で、上手くいけば時計が完成し出資者に届けられるのは2019年3月の予定だ。

「Ike」のクラウドファンディングプロジェクト


旧IKEPOD亡き後、Oliver Ike自身も時計ブランドを新たにクラウドファンドしようとしたことも記しておくべきだろう。

彼は2013年にA.Manzoni & Filsという1888年創業の時計会社を復活させるためにKickstarterで資金を募っている。このときの時計デザイナーには、フィンランドのデザイナーで建築家のIlkka Suppanen(フィンランドのIittalaやArtek、また日本のKoizumi Lightingなどにもデザインを提供している)が同社再興のためのManzoniコレクションを担当。時計のデザインはやはりどことなくIKEPODブランドのものを彷彿とさせる丸みを帯びた大きな(44mm)形状をしていた。


Image credit: A. MANZONI & FILS

しかしKickstarter上でもこの時計は5000ドルと安価ではなく(一般販売価格は1万5000ドルなのでその3分の1ではあるのだが…)、それより安価なリワード付きプレッジも存在したが、約9500万円の目標金額に対して僅かに約16%の1500万円程度しか集めることができずにファンディング失敗している。使用ムーブメントはクロノメター部がSoprod A-10、カレンダー部は独自に作られたDubois Déprazモジュールというのも値段に影響していたはずだ。

プロジェクトページにもA.Manzoni & Filsのウェブサイトにもきちんとした日本語での記述や日本語ページまで作る意気込みだったのだが、同年目標金額をより控えめな5600万円程度に抑え行われた2度目のキャンペーンでも37%ほどである約2000万円しか集めることが出来ず、失敗している。

プロダクトは良くてもKickstarterで時計を購入する層には見合わない価格の高さに加え、「他はクオリティー高いのになぜそこだけ安上がりに見えるのか」と思わずにはいられないプロジェクトプロモーション用動画のクオリティーの低さにも問題があっただろう。すでに自ら起業し成功した有名な人々が高価で高品質かつ高額出資を集めるためにわざわざクラウドファンディングプラットフォームを用いる必要があるのか?あるとすればクラウドファンディングを行うことそのものが話題となるためだと考えられるが、そうであればなぜプロダクト紹介言語をきちんと翻訳しているにもかかわらずプロモーション動画の質が低いのか…もちろん失敗の原因を単純に導き出し断定することは不可能だが、提示するプロダクトの質は高くても、クラウドファンディングプロジェクトとしての質は高くなく、なおかつ求める金額が高いというのは非合理的にも思え、そう考えるとこの失敗は不思議には思えない。

新生IKEPODに勝算はあるか?



ここまで旧IKEPOD創設者によるA.Manzoni & Filsのクラウドファンディングの失敗を述べてきたが、新生IKEPODは成功するだろうか?私は、目標が高すぎなければ勝算はあると思う。

新生IKEPODは、すでに知名度という点では有利なものを持っていることは明白であるし、著名時計デザイナーであるGueitによるデザインも素晴らしい。

価格に関しては、すでにブランドの持つ高価なイメージが手頃な価格になることで、過去のモデルと比べて品質や価値の低下を懸念する見方もできるだろうが、この値段の変化はこれまでIKEPODに憧れていたが価格帯から購入できなかった人たちの夢を叶えると言う点でも、彼らの注目を再度IKEPODというブランドに向けるという意味でも重要だろう。そしてこれがクラウドファンディングプラットフォームにおいて許容されている範囲内のプロダクト価格設定であるという点も重要である。

590~725ドルという価格は、クラウドファンディングプラットフォームで見られる腕時計プロジェクトの多くが100~200ドル台であることと比較すれば高価ではあるものの、十分現実味のある価格だろう。例えばPhantomsLabによる1万5000HKD(約1900USD)台のトゥールビヨン腕時計のプロジェクトはKickstarterで3回も成功している。3回のキャンペーンそれぞれのバッカー数が44人、20人、11人と少ないという点にも注目する必要はあるが、目標金額とリワード価格設定、そしてプロモーションとのバランスが上手くとれていたために成功したと言えるだろう。

新生IKEPODはすでにソーシャルメディアでも積極的に広告を打っている。そのプロモーションコンテンツの内容は現代のクラウドファンディングプロジェクトの定石とも言えるような手堅いものとなっている。プロダクトの動画はフランスの若き映画監督Félix Farnyが担当するとのことなので、今年9月のキャンペーン動画の方にも期待できそうだ。

とはいえ実際にキャンペーンが成功するか、上手く生産までこぎ着けることができるのか、こればかりは始まってみないと判らないことである。個人的にはこのブランドリブートにより、新たにIKEPODを知る世代にも広く旧IKEPODのデザインの功績を伝えると共に、その精神を引き継いだ新生IKEPODが成功することに期待している。

(なおIKEPODのプレスリリースによれば、2019年末には機械式ムーブメントのコレクションも計画されているとのことなので、そちらも楽しみだ。)


Image courtesy of IKEPOD, unless stated otherwise

Source: IKEPOD, A Blog to Watch, Kickstarter

(abcxyz)

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