『エイリアン: コヴェナント』は、『プロメテウス』に納得できなかった人こそ見るべき作品だ。
おま国状態の日本よりも先にフィンランドで『エイリアン: コヴェナント』を鑑賞してきた。
『エイリアン』(1979)を期待して『プロメテウス』(2012)を観てがっかりした人は多いだろう。私もその一人だった。しかしそれは時系列的に期待が間違っていたのだ。
嫌な味方をすれば、ある意味では『エイリアン:コヴェナント』は『プロメテウス』の弁解とも言える内容だ。しかし、これはリドリー・スコットによる正当な『エイリアン』三部作(スコット以外の監督達の手を経て一応の幕を閉じられたリプリー四部作ではなく)を完成させるパズルの最後の一ピースと言うのが正しいのではないか。それが鑑賞後の正直な感想だった。
『エイリアン:コヴェナント』は『プロメテウス』の文脈なくては完全に理解はできない。また、『プロメテウス』についても『エイリアン:コヴェナント』無しに『エイリアン』につなげようとすると「群盲象を評す」ことにしかなならい。
その他の点では、様々な(私も教養がないために理解できていない)象徴性が散りばめられ、重なり合っているとともに、リドリー・スコットらしい美しい映像も楽しめる。エンターテイメント性も十分ある作品だといえる。
これからシリーズを見ようという方は作中の時系列順に『プロメテウス』、『エイリアン:コヴェナント』、そして『エイリアン』を鑑賞するのが一番いいだろう。
追記:あと忘れてはいけないのは、プロモーション動画の存在だ。こちらは「Prologue: Last Supper」と題された動画。その名の通り、コールドスリープに入る前のクルーたちの「最後の晩餐」が描かれているのだが、映画ではこの映像は出てこない。しかし、乾杯の音頭を誰が取るのか、事前にスピーチを考えていたクリストファー、などクルーたちの関係が描かれているので、事前に観ることで作品に深みが増すだろう。
また、クルーそれぞれの出発前のメッセージも、ダニエルス、クリストファー・オラム、Rsenthal、Lopeのものが公開されている。クリストファーのものでは、そのついに語られることのなかったスピーチ文らしきものが登場する。
こちらはアンドロイドの(『エイリアン:コヴェナント』作中での)最新モデルであるウォルターの、商品としての宣伝動画。
そして、ストーリーにもっと絡んでくる動画がこちら「Prologue: The Crossing」。この動画の内半分くらいは本編でも映るのだが、プロモーション用に事前に公開されているので厳密に言えばネタバレではないだろう。それに、本編に映ることのないもう半分の部分も興味深い。
以下ネタバレあり
・『ブレードランナー』と『エイリアン:コヴェナント』
Oriverは「【大考察】『ブレードランナー 2049』予告編映像に映り込む人類創造主“エンジニア”の影を追う!」という記事の中で、『ブレードランナー』の世界と『エイリアン』の世界の関連性を語っている。確かに『ブレードランナー2049』予告編に映る該当のものは「エンジニア」に似ているが、記事中でも述べられているように年代的に一致しないし、コクピット内画面については『ブレードランナー』のドキュメンタリーでただ単に「流用した」と言われていたように思う。『ブレードランナー2049』と『エイリアン』シリーズに共通性があるかどうかはともかくとして(個人的には無いと思う)、『ブレードランナー』とスコットの手による『エイリアン』三部作には同じテーマが流れる。特に『エイリアン:コヴェナント』はそれが顕著だ。
どちらも初めのシーンは目だけが画面に映される。目というモチーフは『ブレードランナー』には多く登場する。冒頭の目のアップ、瞳孔収縮を見るヴォイト・カンプ・テスト、レプリカントの目を作るチュウ、目が光を反射するレプリカントたち(とフクロウ)、そして目を潰されるタイレル博士。『エイリアン: コヴェナント』にももちろん登場するエイリアン(ゼノモーフ)に表面的に目が存在しないこと(しかしH・R・ギーガーはその頭部に人の頭蓋骨を入れていた)も目の繋がりという文脈では意味をもたせることができるかもしれない。『エイリアン:コヴェナント』ではエイリアンの視点での映像があるのも面白いだろう(デイビッド・フィンチャーの『エイリアン3』でもエイリアン視点の映像があったが)。
そして映画の出だしはデイビッドとウェイランドとの「子と父」のシーン。これはロイ・バティーとタイレル博士とのシーンを彷彿とさせる。ただ、「子と父」の関係の終わりを描いている『ブレードランナー』のシーンとは違い、デイビッドとウェイランドのシーンはその関係性の始まり、もしくは創造主への反感の始まりでもあり、創造主のそのまた創造主という謎への疑問、またその疑問を自らの創造主へ植え付けたシーンとも言える。(ロイが延命を求めタイレルに会う『ブレードランナー』のシーンはまた、『プロメテウス』でウェイランドがエンジニアに会うシーンとも繋がる。そこではデイビッドの創造主は、そのまた創造主であるエンジニアによりなぶり殺されるが。)
『エイリアン:コヴェナント』でデイビッドは二度接吻を行うのだが、それはその後に続く致死的行為の前触れともとれる。ロイ・バティーもタイレルの目を潰し殺す前に口づけをする。関係あるかどうかの判断は読者に任せるが、新約聖書での接吻で有名なものはユダがキリストにしたもの。これによりローマ兵たちにこれがキリストだと示し、それによりキリストが処刑されることとなる。
『ブレードランナー』の世界でも、汚染され尽くした地球を捨てて他の星「オフ・ワールド」へと移住する人々が言及されているし、移住地での労働などにレプリカントが使われていることも語られている。
『ブレードランナー』が描くのは、人間が生み出したレプリカントと人間性との曖昧さであり、人間とは何か、であり、自らに似たものを生み出す行為の結末であり、生と死である。『エイリアン:コヴェナント』で描かれているのも、エンジニアが生み出した人間と、人間が生み出したアンドロイドと、人間性と、自らに似たものを生み出す行為、創造とその結末。その面では、『エイリアン:コヴェナント』はリドリー・スコット自らが造り上げた『ブレードランナー2049』とも言えるかもしれない。
・ダビデと神の契約=コヴェナント
デイビッドはミケランジェロによるダビデ像から自らの名前「David」を取ったということが『エイリアン:コヴェナント』冒頭で描かれる。旧約聖書に登場し、巨人ゴリアテを殺したダビデ(これによりイスラエル軍はペリシテ軍に勝利)であり、同時に古代イスラエルの二代目の王であった。エンジニアを(ひとつの星から)抹殺した本作のデイビッドはそのまま巨人ゴリアテを倒しペリシテ軍に勝利したダビデに重なる。
ダビデの前の、初代ユダヤの王であったサウルは神に背いたために神に好かれなかった。そのかわりに神に好かれたのがダビデであり、ダビデは神との契約「covenant」によりユダヤの王となった。 (追記:聖書にはこの他にも神の契約=covenantがあるので、このダビデとの契約が本作のタイトルであり船名でもあるコヴェナントなのかは確実ではない。 この契約はデイビッドの血筋から救世主(イエス・キリスト)が登場し、そして永遠の王国を築くというものであった。
『エイリアン:コヴェナント』に登場する植民船コヴェナント号(Covenant)は2000人以上の植民者達と、1000のその胎児(正確には胚子か)たちを運んでいた。その後船を乗っ取ることとなるデイビッドは、胎児達の入った入れ物に2つの胚子を収めるのだが、それはデイビッドの「血筋」であり、そのどれかから(何代も後かもしれないが)救世主が誕生し、永遠の王国を築くということか。
「プロメテウス」は、多分他のサイトも既に書き尽くしているので既にご存知と思うが、ギリシャ神話に登場し、人類を作り、なおかつ人類に「神界の火」を盗み与えた神の名だ。この「火」は「知性」とも考えられているが、それにより人類は戦争を始めた。そしてプロメテウスはその罪によりゼウスにより、肝臓を鷲により永遠についばまれる(プロメテウスは不死であり、ついばまれても夜の間に再生してしまう)という罰を与えられた。これは『エイリアン:コヴェナント』を見るとエンジニアが人間に与えてしまった火(黒い液体のやつ)とも映るし、アンドロイドに人間が与えてしまった火(知性)とも映る。
エンジニアを火を盗み人類に与えた神プロメテウスとして見よう。『プロメテウス』で描かれるエンジニアたちが造り上げた(?)遺伝子を作り変えてしまう黒い液体は=火は、『プロメテウス』冒頭でエンジニアが飲んだことにより生命の息吹を地球に与え、人間を形作り、その後に人間がアンドロイドを作り、そいつがエンジニアたちに罰を与えることとなった。『エイリアン: コヴェナント』作中ではエンジニアの星がエンジニア自らが作り出した黒い液体により破壊されるが、これは神プロメテウスにとっては一晩の苦痛でしか無い。エンジニアたちはこれで全滅したわけでは無いのは『エイリアン』から明らかだ。『エイリアン』ではエンジニアの船にゼノモーフの卵があり、そこからフェイスハガーがでてくることからも、『エイリアン』でエンジニアの船で運ばれていたのはデイビッドの「血筋」であることがわかる。しかし『エイリアン』作中のエンジニアの船の中のスペースジョッキーも中からゼノモーフが飛び出した痕跡があったことから、これはエンジニアを苦しめる永遠の責め苦となる存在であろう。
ゼノモーフに永遠に苦しめられる存在としては、人類もまた神プロメテウスに重ねられる。人間が造り上げ、知性を与えたアンドロイド、それがプロメテウスが与えた火の象徴であり、その火=知性を持ってエンジニアの黒い液体を改造し、「完全な生命体」であるゼノモーフを生み出した。これによりアンドロイドに火を与えた人間は、ゼノモーフにより永遠に内蔵をついばまれることとなったのだ。
また『エイリアン:コヴェナント』には信仰心があるからこそ理性的になろうとする一等航海士>艦長クルストファー・オラムが登場するのも興味深い。Christopherという名は
水で顔を洗うという洗礼を象徴する行為の後にゼノモーフに首を切られるRosenthalも首をはねられ処刑された洗礼者ヨハネと関連付けることができるだろうか。
・性
『エイリアン』シリーズと性を分けて語ることはできない。ゼノモーフは人間に死をもたらすものであり、死の逆の生はまた、性により続いていく存在だ。当初のデザインでは開口部が女性器のようであったフェイスハガーの入った卵。フェイスハガーの下部の女性器のような部分からは、人の口の中に男性器状の排卵管を入れ込み、卵を産み付け、卵は人体内で育ち、人を殺し飛び出す。そして大きくなったゼノモーフは男性器状の頭部を持つ。それが女性である主人公と対峙するのだ。
これだけでも人間の生殖活動との共通性の高さが見える。そして忘れてはいけないのは、人間は特に時代を遡るほどに出産とともに母体が死ぬことが多かったということ。つまり、子は親を殺して生まれるのだ。
また、『プロメテウス』と『エイリアン:コヴェナント』に登場するエンジニアの作った黒い液体は、生物の内部に入り込み、遺伝子を組み換える。そしてこれはゼノモーフの源となる存在であること、そして母体の中に入り母体の遺伝子と組み合わさり新たなものを生む液体=精子との関連性も感じられる。
また、アンドロイドの性も興味深い点である。エンジニアに生み出された人間は、生殖機能によって自らの子供を生み出すことが可能だが、アンドロイドたちにはそれができない。『エイリアン:コヴェナント』ではデイビッドが「創造ができない」(だったか「許されない」だったか)ことによるフラストレーションを語っていたが、アンドロイドは生殖活動のシミュレーションとも言える性行為もどうやらできないようだ。それによるフラストレーションなのか、『エイリアン』でアンドロイドのアッシュは雑誌平凡パンチを丸めてリプリーの口に入れようとしていたし、『エイリアン:コヴェナント』では同じくアンドロイドであるウォルターに縦笛の吹き方を教え、それにより「創造」を教えようとした。
デイビッドは『プロメテウス』でもホロウェイの酒に黒い液体のついた自らの指をつけ入れ、ホロウェイの体内に黒い液体を入れ込み、ショウ博士を間接的に「妊娠」させていた。『エイリアン:コヴェナント』では嫌がるダニエルスに馬乗りになりキスをするという強姦を連想させるシーンがあるが、それに続きデイビッドが計画していたのはフェイスハガーによるダニエルスへのゼノモーフの「妊娠」だ。
ウェイランドを「父」、宇宙船コンピュータの名称が「マザー」=母であることも興味深い。なお、宇宙船コンピュータが「マザー」であるのは過去の『エイリアン』作品でも同じである。
・他の言及:リヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指輪』、『ラインの黄金』第4場から「ヴァルハラ城への神々の入城」
『エイリアン:コヴェナント』では最後にデイビッドによってワーグナーの『ニーベルングの指輪』の『ラインの黄金』第4場から「ヴァルハラ城への神々の入城」(Das Rheingold, Scene 4: Entry of the Gods into Valhalla)が流される。ここに見る関連性は「炎」かもしれない。
『ラインの黄金』のこのシーンでは神々は虹の橋を渡り、残されたローゲ(ロキ)は炎により全てを燃やそうと独白する(一応オペラを見たことあるけどローゲの独白は覚えていないのでこの部分はWikipedia参照)。このローゲ/ロキの名は元々古ノルド語で「炎」を意味する「logi」からきているという話もある。
リドリー・スコットの三部作で共通して登場する要素は「炎」だ。『プロメテウス』と『エイリアン:コヴェナント』では共に主人公の夫が炎に焼かれて死ぬという共通性がある。
なお『ニーベルングの指輪』の『ワルキューレ』では英雄ジークムント(シグムンド)と、彼に瓜二つのフンディングの妻ジークリンデが登場する。これはデイビッドとウォルターと重ならなくもない。『ワルキューレ』の中では、ワルキューレの一人であるブリュンヒルデは、ジークムントの子を宿したジークリンデを逃したことの罪により、炎の中で眠り続ける。日本版Wikipediaではこの事を「縛られたプロメテウス」(永遠の罰を受けるプロメテウス)と関連付けているが、そう考えるとなお興味深いかもしれない。
・他の言及:『オズマンディアス』
デイビッドはパーシー・ビッシュ・シェリーによる『オズマンディアス』の引用をしている。オズマンディアスはエジプトのファラオ、ラムセス2世のギリシャ名。パーシー・ビッシュ・シェリーは『縛を解かれたプロメテウス』(Prometheus Unbound)という作品も書いている。これは、内臓をついばまれるままに鎖でつながれていたプロメテウスの鎖が解かれる話。(なおパーシー・ビッシュ・シェリーの後妻は『フランケンシュタイン』のメアリー・シェリーである。)
また詩人ホレイス・スミスもまたシェリーと同時期に同テーマの『オズマンディアス』という詩を発表している。シェリーとスミスはソネットの腕を競い合っており、同じ雑誌にて『オズマンディアス』を発表している。スミスの『オズマンディアス』では、オズマンディアスの築き上げた今は無き都市と、未来すでに無きものとなっているロンドンの光景を重ね合わせている。
・他の『エイリアン』作品へのオマージュ性
追記:『プロメテウス』のテーマが「デイビッドがショウ博士へ捧げた曲」として演奏される他、時折流れる。
『エイリアン』:『エイリアン:コヴェナント』には、『エイリアン』のデザインの為にギーガーの描いたエイリアンのスケッチに似た画やノストロモ号内にあった「ドリンキング・バード/水飲み鳥」が見られた船内にあったり、コールドスリープに入る前にダニエルスがブラなしでいるあたりが共通性に思える。 追記:ジェリー・ゴールドスミスによるテーマが時折流れる。
『エイリアン2』:クレーンを操作するシーンはある意味パワーローダーでエイリアン・クイーンと対峙したリプリーにも繋がる。
『エイリアン4』:黒い液体から「完全な生命体」を作るためのショウ博士を含めたデイビッドの実験の数々はクローン・リプリーたちを連想させなくもない。
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教養が高くないためあまり込み入った言及や考察もできないし、一度しか『エイリアン:コヴェナント』を見ていないので逃している部分もあると思う。「他の言及」部分は適当に書き出してみただけだし、最初にデイビッドがピアノで弾いていた曲や、座っていた椅子、壁にかかっていた絵画にも何らかの意味をもたせることができるかもしれないが、多分頭のいい人がやってくれるだろう。
(abcxyz)
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